香川県高松市の「いただきさん」

(1)「いただきさん」とは

 香川県高松市では、漁業を営む主人の取ってきた魚を街で売りさばくのが女房の役であり、このような形の行商を「いただきさん」と呼んでいる。 昭和の時代までは50人ほどいたが現在では20人ほどが行商を行っている。それ以外の人は高齢のため継続が困難とのことである。平成10年頃までは登録制があったが、現在はいただきさんの減少に伴い登録制が無くなっている。仕入れは魚市場(香川県魚市場)仲買さんから買い、自転車のサイドカー型の箱に詰め高松市内数カ所で商いを行う。一カ所2〜3時間で場所を移動しながら毎日売り歩き、街では重宝な魚屋さんとして人々に支持された存在である。
 「いただきさん」は高松の街では、単に行商の魚屋としてのみならず、気軽に街の人やお年寄りに声をかけ、良き話し相手となっている。今晩の献立の話や、最近の健康状態、なにげない日常的な話など、街の主婦やお年寄り達の相談役や話し相手となり、人々もこの行商が来るのを楽しみしている。歴史もあり街の風情を物語る「いただきさん」に、近年この地域の行政も観光資源として注目し始めている。

(2)「いただきさん」の特徴

 「いただきさん」の言葉の由来はその行商スタイルある。かつて頭上運搬による行商の魚を入れる桶を『魚ハンポ』といい、平たい浅底でその桶の蓋は竹網作りで二重になっている。このハンポという桶を頭に載せて行商する際、頭上には直径12センチぐらいの藁の輪に布を巻いたものを載せてハンポの台にした。これをこの地方ではイタダキと呼ぶ。似たスタイルでは愛媛県松前町の「オタタさん」などと同様、この頭上運搬は第2次世界大戦前後まで続いた 。その後、頭上運搬から、手押し箱車、さらに自転車の横に箱車を付けて行商を行うスタイルに変わっている。これは昭和30年頃、街の自転車店がサイドカー式を考案したもので、乳母車型に代わり愛用され現在もこのスタイルが続いている。
 また「いただきさん」の歴史的由来は、高松に伝わる「糸より姫」という伝説があり、平安時代に平家から流れ着いた貴人が生活の糧を得るために、この地の“糸より浜”で水揚げされる魚を平桶に入れ、売り歩いたのが起源と言われている 。呼び声は昔のままの「おさかなご用」と、得意先の家角に立ち「おさかなイランノナ・・・」と声をかける。


街で行商

いただきさんの引き車

市場で

接客中1

接客中2

引き車の中

接客中3
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■あなたの住む町で、このような行商さんがいれば、是非ご一報ください。

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