和歌山県田辺市の「引き売り」

(1)「引き売り」とは

 和歌山県紀州田辺では、市場に上がったばかりの新鮮な魚介類を、特製の手押し車の引き出しに納めて、中心市街地に売り歩く魚行商の女性達のことを「引き売り」と呼んでいる。
「引き売り」達は朝4時に起床し、一番に市場へ行き、魚や干物、新鮮なネタを仕入れ1日の段取りを行う。近海物の地魚が中心で、その他一般食品、干物等(自家製)を準備する。6時ごろ一度家に帰って魚を塩水で洗い、氷を入れた引き出しにきれいに並べてから朝食をとり、朝9時ごろ行商に出発する。
 昔は50人近くもいたが、急激に減って現在は8人程度で、最高齢の「引き売り」で82歳である。写真で紹介しているのは「引き売り」の山本様。「引き売り」の中では最も若く、意欲的に取り組んでいる。販売の範囲を広げるために、電動モーター付きの車に改造し、田辺の街をかなりの広範囲に渡って活発に売り歩く。売れても売れなくても皆に声をかけ、地域の人と言葉を交わし様々な注文に答えていく。

(2)「引き売り」の特徴

 「引き売り」の特徴は独特の手押し車にある。昔は天びん棒に、大きなかごを下げて荷ない売るスタイルだった。そこから籐(とう)で編んだ大きな乳母車での引き売りが始まった。これは現在の常滑と似たスタイルである。「引き売り」の使う引き出しのついた特殊な箱は、引き出しに氷を敷き詰め、その中に魚介類などをきれいに並べて売り歩く。箱は街の建具屋が作り、長時間の湿り気と、頻繁な開け閉め、移動に耐えられ、なおかつ道具として使い勝手がよく、長持ちする箱という厳しい条件が求められている。
 田辺では魚の行商の歴史は長く、現在の中心市街である北新町、栄町通りの一部に限り江戸時代には魚や日用品を座り売る「辻売り」と、場所の制限なく商いを行う「荷ない売り」を田辺藩が許可していたことは記録に残っている。当時から田辺は、商人や近郊からの人々でにぎわい、魚の辻売り等は田辺名物の一つだったという。江戸時代末期から明治にかけ、田辺周辺の風物画を多く描いた学者、湯川退軒(1839−1900年)の絵にも、「棒手振り」姿の男女が、魚を運ぶ姿が描かれている 。


引き売りの引き車

暗いうちから出発

引き出しの中

引き車

接客中

街をまわる

引き出しの中
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■あなたの住む町で、このような行商さんがいれば、是非ご一報ください。

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