第1章 日本の食文化とデザイン性

1.1 日本の生活文化とその現状

 日本の生活文化に目を向けると、衣・食・住に関連する文化のスタイルは多種多様であるが、中でも食文化は、地域の風土、文化、歴史などを象徴し、さらには伝統行事、年中行事という形で人々に語り継がれ地域に根付いている。また、生まれながらに1日と欠かさず食を通じて人と人との人間関係に大きく関わり、単なる食行為のみならず生活文化の最も重要な要素の一部として現在も発展を遂げている。

 生活文化とデザインの関係はこれまで人の日常的な行動に対し、知恵と経験を重ね新たな価値創造としてデザインや社会システムを模索し生み出してきた。これらの造形や創造は必然性と合理性から生まれ、人々に繰り返し使われ作り伝えられた持続的なシステムの中で形成されてきた、人のデザイン活動そのものである。このようなデザインは時間的、歴史的、地域的要因の中で普遍的な価値観により形成されてきた 。今日の我々の社会で、地域的特性や文化形態の成熟にはこのような発展によるものが見受けられ地域による多種多様な食文化の形成などはその例にあたる。いわば、地域的個性はこれまでのデザイン活動が繰り返されてきた集大成とも言える。しかし現在は時代による変化のため、歴史とともに発展したスタイルは次第に廃れ、消滅しようとしている。さらに大量消費による商業的観点からの画一化が優先され、風土とデザインの関係性が曖昧になり、そのデザイン性や美意識の伝承と存続が危ぶまれている。

 このような日本人の食を取り巻く環境を見ると生活感や商業的観点の変化から画一化が進められる一方で、現在、大規模な展開をはかる大手の商業施設などは、その建築やインテリアから、運営方針、接客などについても作業の標準化が盛んに行われ、さらには商品までも他府県と同様で、別の地に来て全く地域性が感じられない同じ様相と同じサービスを展開するケースが増え利用者にとっては奇妙な体験をすることもまれにある。現在の日本は長期化する景気低迷とデフレの時代であり、その経済性とともに小売店の減少や手間のかかる伝統的手法などによる商いの形を失いつつある 。さらに物を買うなど標準化されたサービスの中で、我々が間接的に失い続けているのは日本独自のコミュニケーション文化である。

 これまで築かれてきた地域的個性は数百年かかって形成されてきたものであり、将来の魅力ある社会システム作りを進める1つの指標になり、生活総体または社会形成の為のデザインを研究する上で特に重要である。これらの文化に対して、特別に保護することは無理にしても急速に無くなりつつある現状から推察し、この分野の研究は重要かつ急務であると考えられる。


1.2 生活と食のデザインから関係性のデザインへ

 現代の日本のデザインに最も強く影響を及ぼしている造形の志向性は、おそらく近代化(=西洋化)の中で展開されたものであるが、少し立ち返って考えると江戸時代に形成された造形文化に通じるところが多い。当時様々な地方から人々を受け入れた江戸や大坂では、衣・食・住の物資需要が活発化され生活物資や道具、さらに木版による浮世絵や歌舞伎の役者絵、各種の雛形本などの印刷媒体を通じ、町人文化として華やかに開花し地方にも大きく影響を与えた 。特に衣・食・住の中でも食文化に関する多彩さは現存する資料や民具を見ても理解できる。
このように食文化に関連するデザインの研究は、生活の衣・食・住の一環をになう重要な生活デザインの集大成である。これは商業によって開花した江戸時代の町民文化から、様々に形態を変えながら現在に至り、人々の楽しみ、人間愛、家族、または人間関係などに通じるべき心の部分、また風土と歴史、産業と流通など社会や街作りなどの地域性と関連し、広義のデザイン研究として極めて人間的な学問として成熟してきた。

 食のデザインに取り組むことは、(1)生活必須の行為の中でその営みを司る様々な食器や什器などの道具的視点、(2)快適でそれにふさわしい場を作るための環境的視点、(3)人々の時間や人間関係を軸としたコミュニケーションデザインの視点が複合的に機能し、様々な要素の関係性のデザインが重要視されなければならない。そこでデザインにおける重要な精神である、既成概念を打破し新たな価値創出を行うことを将来に渡って維持するためにも、これらのことを考察しデザインの視点から再評価する必要がある。


1.3 デザイン専攻における食と器の課題

 愛知県立芸術大学デザイン専攻では前項の精神から、大学の授業に「食と器」の課題提示を通じ「もてなしの心」をデザイン課題のテーマとして取り組んできた。(写真1、2)
食をじっくりと時間をかけて楽しみ、もの作りの精神の一助となること。また、料理を作る側と、それを頂く側からの「もてなしの心」を共感できることなどに重点においた課題である。そもそもデザインの原点は、生活に密着した試行錯誤の結果であり、食の行為そのものからデザインを学び取ることができる重要なデザイン教育におけるテーマである。

 ここ数年、食と器のデザインを考える学生の作品に志向性に変化が見えてきている。たとえば食に関するテーマ設定に「 “消滅野菜”をリサーチし、現代にそれを復活させ、販売するシミュレーション」の企画などがあがってきた。 “消滅野菜”とは伝統的な野菜として昔から地域に根付いていたが、痛みやすい、品質にバラツキがあるなどの理由から、現在はその市場性や効率性が悪くつくられなくなった野菜のことをいう。(写真3)

 また現代の社会が抱える問題として食品添加物に関する知識と食品包装の分別回収の問題などをテーマであげ、インターネットのwebページによりその情報をより解りやすく解説する作品も登場してきている。(写真4)いずれもテーマ性があり現代社会の食の問題に目を向けている。

写真1 学生作品、駄菓子屋の研究等
写真2 学生作品、重ねて楽しめる菓子器
写真3 学生作品、伝統野菜の研究
写真4 学生作品、食品添加物、ゴミ問題等のweb


 日本の食文化も戦後から西洋化の影響を大きく受けバラエティに富み、昔に比べて現在は随分贅沢にもなり、さらに健康のことを十分考慮した食の工夫に気遣いが見られるようになった。しかしその反面、近年に見られる食品の製造日偽装による食中毒問題、狂牛病等BSE(牛海綿状脳症)問題とそこから連鎖した様々な偽装問題、O-157(病原性大腸菌)等の発生など、食材の供給そのものに問題が起こる例も多く、それらの現実のもとに学生の課題に対する反応も変わりつつあると考えられる。さらにデザイン教育としての側面からも、現在の問題を十分に認識した立場で日本の食とその周辺をじっくり考察する態度は重要である。これからのデザイナーは国際的な立場で、前節で述べてきた日本のデザイン文化について正確に語ることが出来る必要がある。欧米では日本の文化は大変評価が高い反面、まだまだ誤解に満ちている。文化の一端として食のデザインの多彩さ、独創性や美意識とさらに現代の食の問題点なども十分に把握しておくべきである。


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「棒手振り」などの行商に関する調査と、そのデザイン性についての考察
ー食と器のデザイン研究に関連してー