3.5 その他の地区の行商

(1)宇和島の行商の特徴
 九州と四国の間の海を宇和海と呼び、その海に面した愛媛県の宇和島市にもかつて行商で賑わったがもう数年前に行商は姿を見なくなったという。昭和38年に宇和島に新しい漁港ができた時には、1人の仲買から10人の女性達が魚を売り歩いていたといわれる。現在この宇和島漁港では3人の行商さんがいるが、皆高齢のため無理をしない程度に商いを行っている。

 宇和島漁港のすぐ前の島、九島に漁師の家が50件ほどありそこの漁師の妻は朝、定期船で来て、魚を仕入れ、街に売り行商に歩いた。これも徐々に減り最後に残った九島から来ていた行商は去年の暮れ(平成13年)で辞めてしまった。宇和島の場合は以前乳母車型の行商はたくさんいたが、現在は無くなっているという。

 現在はリヤカーで地の魚を売り歩く行商の魚屋が魚を仕入れた後9時頃から、港の近くの弁天町(郷土料理の店かどやの角)で最初の店開きをする。行商はリヤカーで来て、発泡スチロールの箱を路上に並べ魚を売る。リヤカーの上にまな板を置き、魚をさばく。この後、街の数カ所で魚を並べ夕方近くまで市役所のそばで魚を売る。そうすると市役所の帰りの人が夕食用に魚を買ってくれるらしい。この行商人は糖尿病を患い辛い仕事であるが、毎日長距離を歩いているから、病気が進行しないなど健康管理も考えての商いであるという。

(2) 尾道の行商の特徴
 尾道の「ばんより」と呼ばれる行商は漁師や、その奥さんが捕ってきた魚介類を手押し車に乗せ、売りに出る行商のこと。名前の由来は晩御飯のおかずを買いに立ち寄ることから「晩寄り(ばんより)」という名前がついたといわれる。現在は午前中に店が開かれ売り切れ次第店じまいを行いたいてい昼過ぎまでに店じまいする。尾道ではその景観になじんだ、お馴染みの行商風景である。(写真20)
 また、ヒラメの子を干した「でべら売り」 など、個性的な商品を売り歩く行商もある。話を聞くと家族で子供の頃からこればかり作ってきた。決して楽な仕事ではなく、人に誇れる仕事でもないという。藁を使った干物の絞めは美しく見事である。(写真21)

写真20 尾道の行商「晩寄り(ばんより)」
写真21 尾道の行商「でべら売り」


3.6調査のまとめ

 中部、近畿地区から四国及び瀬戸内の調査に関して述べてきたが、共通する特徴としては、瀬戸内海や近海物の地魚が多い場所に一般的に発達し、当地の漁協の経営方針しだいで行商は現在も盛んな地域がある。また直接注文の売買のため扱う魚一般的に高級のもので、網であがったものより釣り漁など高値で売買されるものを扱っていることが多い。またその行商形態は時代に応じて少しずつ形を変えながら営んできているが歴史に基づくものであり様々な逸話も残されている。

 これらの行商を務めるのは実際に高年の方が多く、70から80歳前後の方が現在非常に多い。色々な話を聞くうちにその労働の目的として商売よりも健康の為、またお客さんが待っているからという気持ちに応えようと自分の生き甲斐として続けている人が多い。いずれにしても、将来仕事を引き継ぐ人がいる状態でなく、何時無くなってもおかしくない状況にある。


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「棒手振り」などの行商に関する調査と、そのデザイン性についての考察
ー食と器のデザイン研究に関連してー